遺伝子技術と創薬の革命:老化治療の実現が間近に

遺伝子技術と創薬の革命:老化治療の実現が間近に

老化の原因は非常に複雑ではっきりわかっていません。しかし、長寿に関する臨床試験が増加するにつれ、多くのことが分かってきました。

過去10年間におこった遺伝子解読・編集技術の進歩によって、製薬大企業やベンチャー企業、さらには国の医療行政機関であるFDAでさえも、老化を病気として認識し始めました。つまり治療介入によって健康寿命を延ばす方法が現実化してきているのです。

この記事では、遺伝子配列の解読・編集がどのように健康寿命を延ばすのに役立っているのか、新しいタイプの抗老化薬も紹介しながら説明していきます。

アンチエイジングnews

ゲノム配列決定と編集

遺伝子はあなたの体を動かすソフトウェアのようなものです。 32億個からなる文字列で「あなた」を作り上げます。 この文字列はA、T、C、Gの4つの塩基からなる組み合わせから成り立ち、髪の色や身長、性格、病気の傾向、寿命などが決まります。

最近まで、これらの文字列を迅速かつ安価に「読む」ことは非常に困難でした。また、文字列の意味を理解することはさらに困難でした。 しかし、2001年以降、ヒトゲノムの全配列を解読するコストは指数関数的に低下し、ムーアの法則を3倍上回って進歩しています。解読の費用は37億ドルから、2006年には1,000万ドル、2015年には1,500ドルにまで減少しました。

現在、ゲノム配列決定のコストは600ドルを下回っていますが、世界をリードする遺伝子解析会社Illumina社によると、今後100ドル程度まで低下し1時間程度で解析できる世界がくると言われています。

これは、ヘルスケアにおける最も強力で革新的なテクノロジー革命の1つです。ゲノムを理解すると、「あなた」を最適化する方法を理解できるようになります。遺伝子解析により以下のことができるようになります。

  • 最適な食事・薬・運動方法・サプリメントをオーダーメイドで提供
  • 理想的な腸内細菌叢の理解(後ほど詳しく解説)
  • 鎮静剤や薬があなたに与える影響の正確な理解
  • 将来発症する可能性が高い病気の予測と予防

CRISPR遺伝子編集

科学者は、ヒトの遺伝子を読み取ることに加えて、1987年にCRISPR / Cas9と呼ばれる自然界にある生物学的システムを応用してゲノムの編集ができるようになりました。

 Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats and CRISPR-associated protein 9の略で、この遺伝子編集技術は、細菌がもつ自己防御機構から発想を得ました。

仕組みは次のとおりです。細菌は侵入してきたウイルスのDNAの断片を捕捉し、そのDNA断片を用いてCRISPRアレイと呼ばれるDNAセグメントを作ります。 CRISPRアレイにより、細菌はウイルスを「記憶」し、将来の侵入から防御することができます。ウイルスが再び侵入してくると、細菌はCRISPRアレイからRNAセグメントを生成し、ウイルスのDNAを標的として認識します。次に細菌はCas9を使用してDNAを切り離し、ウイルスを破壊します。

重要なのは、CRISPRは安価で迅速、使いやすく、以前に存在したあらゆる遺伝子編集技術よりも正確であることです。その結果、CRISPR / Cas9はゲノムを編集する方法として世界中の研究室を席巻しました。文献を検索すると、CRISPR関連の論文や特許の数が急増していることがわかります。

2018年:CRISPRの技術革新

初期の研究結果は非常に印象的でした。研究者たちは、CRISPRを使用してマウスを遺伝子操作し、イヌでデュシェンヌ型筋ジストロフィーという病気を引き起こす遺伝子欠損を逆転させたり、マウスの遺伝性難聴を減らすことに成功しました。

さらに今年2020年には、CRISPR編集された免疫細胞を用いて、人間患者の癌細胞を破壊できることが示されています。研究者たちは、CRISPRを光で活性化し、遺伝子編集技術を使用してアルツハイマー病の病態をよりよく理解する方法を発見しました。

大きな力には大きな責任が伴い、道徳や倫理といったジレンマに直面します。 2015年、中国の科学者たちは、世界で初めて人間の胚細胞を遺伝子編集して、天然痘・HIV・コレラに耐性をもつ子供をつくる研究をしていると発表し、世界的な論争を巻き起こしました。 3年後の2018年11月には、中国人研究者He Jiankui氏がCRISPRで編集された双子の女の子が産まれたことを世界に公表しました。

研究目標を達成するために、Jiankui氏はCCR5という白血球の表面にある受容体の遺伝子領域を削除しました。この自然界でまれにしかみられない遺伝的変異が導入することでHIVが白血球に感染するのを困難にします。 Jiankui氏は、倫理審査文書を偽造し、その過程で医師を脅迫したとして、2019年12月に3年の禁固刑と429万ドルの罰金が科されました。

CRISPRは、技術進歩とともに倫理的論争を巻き起こしながらも、病気を撲滅し、より強い子孫を作り出し、環境の変化に強い作物を生産し、さらには病原菌を一掃するためのツールを生み出し続けてくれるでしょう。

老化細胞除去療法と期待のアンチエイジング薬

私達の細胞は、”ヘイフリックの限界”と呼ばれる限界に達するまで分裂します。つまり、通常のヒトでは細胞分裂できる回数が決まっており、約50回と言われています。

分裂の限界に達した細胞に起こることは、プログラムされた細胞死または免疫系による破壊です。ただし、ごく一部の細胞は老化細胞となり、この破壊プロセスを回避して生き残ります。これらの残存した細胞は、慢性炎症を引き起こし、周囲の組織に損傷を与え、周りの細胞機能を悪化させる強力な分子を分泌します。老化細胞は老化プロセスの根本原因の1つであり、臓器の線維化や血管石灰化から局所的な炎症反応を起こすことで、変形性関節症などの疾患や肺の機能低下をはじめとする臓器障害をもたらします。

幸いにも、科学コミュニティと起業家コミュニティの両方が老化細胞除去療法(セノリティック療法)に取り組み始め、老化細胞のみを選択的に破壊する技術を実験室から数多くのスタートアップ企業へ引き渡した。

この分野の著名な企業は次のとおりです。

Unity Biotechnologyは、変形性関節症、眼科疾患、および肺疾患における新規治療技術の提供に焦点を当てて、老化細胞を選択的に排除する薬を開発しています。

Oisin Biotechnologiesは、細胞内部の生化学メカニズムに基づいて細胞を破壊する遺伝子組み込み治療の先駆者です。

SIWA Therapeuticsは、老化細胞に対するアプローチとして免疫療法に取り組んでいます。

近年、研究者は老化細胞を調節することで老化を抑制する可能性があるいくつかのセノリティック薬候補が出てきています。特に、ラパマイシンとメトホルミンは最も研究されている薬で注目を浴びています。

(1)ラパマイシン

元々はイースター島で見つかった細菌から抽出されたラパマイシンは、m-TOR(mechanistic target of rapamycin)経路に作用して、細胞分裂を促進する重要なタンパク質を選択的にブロックします。現在、ラパマイシン誘導体は、臓器移植や骨髄移植における免疫抑制剤として広く使用されています。現在の研究では、ラパマイシンの使用により寿命が延び、認知機能と免疫機能が向上することが示唆されています。

PureTech Healthの子会社であるresTORbio(2018年に上場)は、免疫力を高めて感染を減らすことを目的としたラパマイシンベースの薬剤に取り組んでいます。彼らが臨床試験をおこなっている候補薬RTB101は、mTOR経路の一部を阻害することによって機能します。

この薬の最近の臨床試験の結果では、感染症発生率の低下、インフルエンザワクチン接種後の反応改善、気道感染の30.6%の減少が含まれます。控えめに言っても印象的な結果となっています。

(2)メトホルミン

メトホルミンは、世界で広く使われてる糖尿病の薬で、2型糖尿病患者において肝臓からの糖生成を抑制する効果が知られています。研究者たちは、メトホルミンが老化に伴う酸化ストレスや炎症反応を軽減することも発見し、研究によって細胞の再生能力を高めたり、細胞の老化を改善する強いエビデンスが示されています。

ClinicalTrials.govに登録されている100件を超える研究が現在進行中で、メトホルミンの癌に対する予防的な効果を追跡しています。

(3)NAD+

NAD +はすべての細胞に存在する化合物で、DNA修復から細胞機能の維持に不可欠なエネルギー生成まで、あらゆる生存プロセスに関係しています。 NAD+レベルは、年をとるにつれて低下することが示されています。

Elysium社のNAD+サプリメント”Basis”は、体内のNAD+レベルを引き上げて寿命を延ばすことを目標としています。 Elysiumの最初の臨床研究では、”Basis”によりNAD+レベルが持続的に40%増加すると報告されています。

(4)栄養補助食品

特定の栄養素やタンパク質は年齢とともに低下する傾向があります。例えば骨をつくるカルシウムや筋肉を構成するタンパク質等です。栄養補助食品は、これらの低下する成分を補充することによって老化に対抗します。

最後に

これらは、途方もない勢いで発展している長寿・老化研究の一部を紹介したに過ぎません。人工知能と量子コンピューティングによる個人に合わせた遺伝子治療や創薬がおこなわれ始めています。

100歳が今で言う60歳くらいの感覚になるような世界へ変わってゆくかもしれません。人生に、さらに40年間元気に過ごせる時間を追加できるとしたら、どのようなことに時間を費やしますか?

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