「若さの泉」は存在する?あるよ、ただしマウスになら。その①

「若さの泉」は存在する?あるよ、ただしマウスになら。その①

ハーバード大学の著名研究者による、自身の生物学的年齢が20年以上も若返ったという発言に波紋が広がっている。

老化治療における競争は、世界的権威と呼ばれる科学者を巻き込んで「希望」と「誇大広告」を世の中に広め、数十億ドルの投資を呼び寄せている。

マウスを用いた実験で、寿命延長効果を示したアンチエイジング物質は数多くあるが、ヒトでの臨床試験はまだおこなわれている途中である。

有名なハーバード大学の遺伝学者デイビッド・シンクレア氏は最近驚くべき発表をした。科学的な調査データによると、彼の生物学的年齢が20年以上も若返ったそうだ。

若返りの秘密

シンクレア氏は、彼自身の研究によりマウスの健康を改善し、寿命を延ばすことがわかった分子をサプリメントとして摂取していると言う。シンクレア教授は現在、若年成人と同程度の肺容量、コレステロールや血圧値、および「アスリート並の心拍数」を有すると誇っています。

実際のところ、マウスと同じようにヒトでその物質が機能することを実証した科学研究はありません。しかし、シンクレア氏は、自分の研究が正しいと証明されたかのように、このアンチエイジング物質に金銭的にもかなり関与しており、科学者としての才能を「NADブースター」として知られるアンチエイジング分子の商業化に遺憾なく発揮しています。

彼はElysium Health社に使用許可を与えた特許の発明者としてもリストされています。Elysium Health社は、NADブースターサプリメント(本サイト別記事)を1ボトル一ヶ月分60ドルで販売するサプリメント会社です。シンクレア氏はまた、彼の年齢を測定した会社であるInsideTrackerの投資家でもあります。

シンクレア氏などの評判の高い科学者やハーバード大学などの著名な機関が、有望であるが実証されていない治療介入に関与したり、時にはそれらを促進し利益を得ることがあるため、アンチエイジング分野での誇大広告はこれまで以上に厳しくなっています。

一方、既に市場に出回っている製品の多くは規制が少なく、エビデンスに乏しいにもかかわらず、投資家は興奮しながら数十億ドルもの資金を提供しています。

「あなたが素晴らしい科学者であり、そのあなたが老化治療を受けている場合、大きな注目を集めるのは当然です」と、誇大広告に批判的な元ハーバード大学医学部長のジェフリー・フライヤー氏は述べます。 「あらゆる研究が、実験を終える前に、金銭的インセンティブと誘惑を伴っています。」

Elysium社は、NADブースターの一種であるニコチンアミドリボシド分子(NR)を商品化するために、著名なMITの科学者によって2014年に共同設立されました。同社は、ハーバード、メイヨー・クリニック、そして発明者であるシンクレア氏と特別なライセンス契約を結んでいると強調しています。プレスリリースによると、契約は「老化と加齢に伴う疾患」を遅らせるサプリメントが対象とされています。

科学的な威厳をさらにブランドに追加するため、Webサイトには8人のノーベル賞受賞者と、科学諮問委員会に所属する19人の著名な科学者が記載されています。同社はまた、ハーバード大学と英国の名門ケンブリッジ大学とオックスフォード大学との研究パートナーシップを宣伝しています。

一部の科学者や機関は、このような関係に不安を抱いています。ケンブリッジ大学のMilner Therapeutics社は2017年にElysiumから資金を受け取り、研究パートナーシップを強化すると発表しました。

立証されていないが臨床的利益を持つ可能性がある栄養補助食品の販売は一般的です。ただし、Elysium社のケースで珍しいのは、アカデミー最高レベルの機関や個人が、人間の健康へのメリットが証明されていない製品に科学的信頼性を提供するために協力していることです。

話題となる老化研究

一世代前、科学者は「若さの泉」となり得る物質を無視していたか、その実態を暴くことに力を注ぎました。

「1990年代初頭までは、老化を遅らせる物質の開発は少し笑えるものでした」と、ミシガン大学の生物老化学者であるリチャードミラーは言いました。彼は国立衛生研究所(NIH)が資金提供している3つのラボの内1つを率いており、マウスを用いて将来有望な物質の探索をおこなっています。 「それは一種のSF小説でした。最近の研究は、この悲観論が間違っていたことを示しています。」

ラパマイシンなどの分子を与えられたマウスは、通常より20パーセントほど長く生きます。 17αエストラジオールや糖尿病治療薬アカルボースなども同様の効果をもつことが、マウスの研究で示されています。マウスは長生きするだけでなく、与える物質によっては、癌、心臓病、認知機能障害を抑制します。

しかし、ヒトの代謝はげっ歯類の代謝とは異なります。そして我々の生活は、ケージの中で生きるマウスの生活とは異なります。将来的に理論的に可能であるという主張は、人間では未だ証明されていない事実の裏返しなのです。

歴史を振り返ると、マウスでは機能したがヒトで機能しなかった治療法の例が数多くあります。たとえば、複数の薬物がマウスのアルツハイマー病に効果的でしたが、ヒトではすべて失敗しました。

広がる誇大広告

動物研究がヒトに応用できるかについての懸念はありつつも、科学者の市場への参入やスタートアップを立ちあげ、そして投資家の群がりはとどまる所をしりません。研究効果を信じる研究者や投資家の中には、老化研究における次のステップとしてサプリメントを宣伝しながら、自身もそれを摂取している人がみられます。

「話題となることで価値のある研究への投資が促進されますが、科学者は特定の物質の誇大宣伝を避けるべきです」とシカゴのイリノイ大学公衆衛生学で老化研究を専門とするS. Jay Olshansky教授は語ります。

ヒトでの臨床試験により安全性と有効性の両方を実証する前に、科学的発見が誇張される場合があり、これが商業化へとつながります。動物研究での有望な発見は、多くの熱狂を駆り立ててきました。

シンクレア氏らによる研究は、赤ワインの成分である”レスベラトロール”の潜在的なアンチエイジング効果への関心を高めました。 2004年、シンクレア氏はSirtris社を共同設立し、レスベラトロール(本サイト別記事)の潜在的な利点をテストし、Science誌とのインタビューで、「ご存知のように奇跡的な分子に近い」と述べました。その後、GlaxoSmithKline社が2008年にSirtris社を7億2000万ドルで買収しました。証券取引委員会の文書によると、2010年にGlaxo社が副作用の可能性があるという残念な結果のため調査を停止しましたが、この時点でシンクレア氏はすでに800万ドルを受け取っていました。 ウォールストリートジャーナル紙によると、彼は会社から年間297,000ドルのコンサルティング料も獲得していました。

シンクレア氏は、自身が宣伝する物質や広めようとする考えを実践しています。 レスベラトロールや、糖尿病治療薬のメトホルミン(本サイト別記事)、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を定期的に服用していると明かしています。NMNはマウスの実験で若返りが認められた物質です。

しかし、インタビューの中でシンクレア氏は、他の人がそれらの物質を摂取することを推奨していないと述べました。

「私が実際に若返ったと主張しているわけではありません。ただ人々に事実を伝えているだけです」と述べ、血中のバイオマーカーに基づいて生物学的年齢を計算するInsideTrackerの血液検査の検査結果を共有しているだけだと付け加えました。 「最初は58歳という結果でしたが、その後1、2回の血液検査で31.4歳になったと言われました。」

InsideTrackerは、約600ドル程度でオンライン年齢追跡パッケージを消費者に提供しています。同社のウェブサイトは、シンクレア氏が科学諮問委員会のメンバーとして会社をサポートしていると強調しています。また、シンクレア氏と共同執筆し、同社の年齢追跡サービスの利点を宣伝しています。

シンクレア氏は、創立者、投資家、株式保有、コンサルタント、または役員という形で28社に関与しています。その内、少なくとも18社は、何らかの形でアンチエイジングに関与しており、NADブースターの研究や商品化などに取り組んでいます。内容は、人間やペットを対象としたアンチエイジング研究のスタートアップから、フランスのスキンケア会社向け製品開発、抗老化投資ファンドへのアドバイスまで多岐にわたります。

シンクレアは、収入を開示しないという秘密保持契約を挙げましたが、「収入の大部分は、画期的な医薬品を開発する会社への再投資や、私の研究室をサポート、非営利団体への寄付に用いた」と付け加えました。

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